防災体験プログラムで学ぶ
“子どもたちに伝えたい防災のこと2013”

2013年3月20日 7:01 PM

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2011年の東日本大震災の際に、多くの子どもたちの命を救った釜石市の防災教育の取り組みや、「つなみてんでんこ」という言葉が取りざたされたことを、ご記憶の方も多いと思います。

それは、子どもたちが自然の脅威に直面した時に必要な「自らを守るための知恵」を、わかりやすく、くりかえし伝え、学ぶ場が、その土地にあったということでもありました。

岡山も、百年、千年単位で振り返ってみれば、他人事ではありません。震災の記憶が薄れ行く中で、将来にわたって「教訓」を伝えていくための仕組みを、地域の中で地域のみなさんと一緒につくることの必要性を感じて、私たち、「子ども防災ネットワークおかやま」の活動は2011年10月にはじまりました。

自然災害の少ない岡山でも、毎年3月には、東日本大震災で亡くなられた方のご冥福を祈り、子どもたちにそれを伝え、防災・減災について家庭で考える機会にすること。そして、子どもたちが自然の脅威の前でも、自分で考えて行動し、希望を持って生きていく勇気を持てるように、さまざまなアプローチから活動を進めています。私たち、「子ども防災ネットワークおかやま」は、岡山ではじまったこの活動の輪が広がることを期待するとともに、被災地の一日も早い復興を応援します。

いつも「もしも」の災害イマジネーション

子どもたちが防災体験プログラムで学ぶこと。

  1. 与えられた想定にとらわれない。いつも「もしも」を考えること。
  2. 自分ができることを考え、「勇気」と「希望」を持って行動すること。

子ども防災ネットワークおかやまは、災害から自分のいのちを守る「主体性を育む防災教育」を目指して活動を進めています。

身の回りの危険を知り、自分の命を守ること

もしも、君のいる場所で突然地震が起こったらどうなる?日頃からどんな備えをしていたら、命が助かるかな?

地震がおさまったら、安全な場所に避難すること

もしも、そのたまごの殻が割れたガラスだったらどうする?安全な場所まで無事に行くために、どんなものが必要かな?

希望を持って、自分がいま、できることを考えること。

もしも、ガレキの下に挟まれて動けなくなったらどうする?お友だちが挟まれていたら、なにができるかな?かならず助けが来るから、希望を持って待つこと。

身の回りのものを利用して、大切な命を守ること

もしも、誰かがケガをして血を流していたらなにができる?身近にあるものでも、工夫して命を守ることができるんだ。

地震の時間割

防災体験プログラムで学んだことはこんな場面で役立つかもしれません。

二次災害を防ぐ時間帯

[地震直後2分~5分]火の始末・出口の確保

  • 揺れが収まったら火の始末。
  • もし出火していたら、小さい火のうちに消火。
  • 余震に備えて、ドアを開けるなど、出口の確保。
  • ガラスの破片などでケガしないよう靴を履く。

[地震直後5分~10分]我が家の安全確認

  • 家族の安否確認、家屋の被害状況を点検。
  • 余震で被害拡大の恐れがあれば避難の準備。
  • 沿岸部では津波に備え、すぐ高いところへ退避。
  • ラジオなどで情報収集。

まちを守る時間帯

[震直後10分~半日]隣近所の安否確認と助け合い

  • 隣近所で生き埋めになっている人はいないか、火災が起きていないか、声をかけ合って確認。
  • 生き埋めやけが人がいれば協力しあって救出救護。
  • 災害時要援護者の安否確認、安全な場所へ避難誘導。

生活を守る時間帯

[地震直後半日~3日]2~3日は自分でしのぐ

  • 電気・水道などのライフラインをはじめ食料の流通が途絶えるため、3日間程度は自宅にある飲料水・食料などでしのぐ。
  • 隣近所で食材を持ち寄って炊き出し。

復旧・復興へ

[地震直後3日以降]本格的な復興開始

  • 防災機関の応急・復旧活動が本格化。
  • ボランティアが被災地に来るなど被災地外から支援が来る。
  • 住民、ボランティア、行政などが一体となり、復旧・復興への歩みを始める。

特定非営利活動法人 日本防災士機構発行「平成24年度版防災士教本(第3版)より

家族で考えてみよう!!

阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)

阪神・淡路大震災以降、1981年以前に建造された「既存不適格」の建築物に対する耐震化の必要性が取り沙汰されています。住宅、家具の耐震補強で、大切な命が助かり、避難や救助活動への障害も減るのです。家族の命を守るためにもう一度、身近な「耐震補強」について、考えてみましょう!

発生 1995年1月17日5時46分
特徴 マグニチュード(M)7.3。神戸・芦屋・西宮・宝塚など、大都市直下で活断層が活動して起きた地震。建物の倒壊・崩壊、ライフラインの断絶、広域火災、地盤の液状化災害、六甲山地での斜面崩壊など、都市の複合的な災害となった。
被害 死者6,434人。その8割は木造住宅等の瞬時の倒壊による圧死や窒息死であり、多くが地震直後の15分以内に亡くなっている。建物に閉じこめられたり、家具に挟まれ動けずに焼死した例を含めると、倒壊による犠牲者は9割以上となる。

東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)

災害は子どもだからと言って手加減してくれません。もしも、あなたの住む町で地震が起こったら・・・。その時、想定にとらわれず、今できる最善を尽くし、思い切って行動できますか?日頃から家族が災害に対するイメージをしっかり持てるように、地域の歴史を調べたり、徒歩での避難訓練を計画してみましょう。

発生 12011年3月11日14時46分
特徴 マグニチュード(M)9.0。国内観測史上最大、世界4番目(1900年以降)の巨大地震で、プレートの境界、水深6千kmの海溝で起きた海溝型地震である。本震の揺れは東日本全体で約6分続き、太平洋沿岸部を巨大な津波が襲った。
被害 死者約1万6千人、行方不明者約4千人。死者の約9割が津波による水死であった。実際と大きくかけ離れていた想定、防波堤など海岸保全施設に過度に依存した防災対策、実現象を下回った津波警報などが被害を拡大させた可能性がある。

岡山県に被害を及ぼした主な地震

西暦(和暦) 地域(名称) 主な被害
868年8月3日(貞観10) 播磨・山城 7.1 (播磨諸郡の官舎・諸定額寺の堂塔ことごとく頽れ倒れた。)
1707年10月28日(宝永4) (宝永地震) 8.6 大地震と大風浪あり。住家全壊あり。死者多数。
1710年10月3日(宝永7) 伯耆・美作 6.5 美作で死者2人、住家倒壊200棟余。
1854年12月24日(安政1) (安政南海地震) 8.4 大地震の際に津波があった。
1946年12月21日(昭和21) (南海地震) 8.0 県南部で被害が大。死者51人、負傷者187人、住家全壊478棟。
2000年10月6日(平成12) (鳥取県西部地震) 7.3 負傷者18人、住家全壊7棟。
2001年 3月24日(平成13) (芸予地震) 6.7 負傷者1人。